
英国のロールス・ロイスと格安航空会社(LCC)のイージージェットが共同で、純水素燃料のみを使用してジェットエンジンを離陸段階の最大出力で稼働させる地上試験に成功した。
29日(現地時間)、両社は離陸出力を含む全飛行サイクルをシミュレーションした地上試験の完了を発表した。今回の成功は、電気バッテリーの重量上の制約に直面する大型モビリティ市場において、水素直接燃焼方式が新たな突破口として浮上する契機となった。脱炭素型輸送分野の潮流が水素利用へと広がる転換点となりうる。
地上試験で離陸出力プロファイルを再現―既存ガスタービン構造を活用し高出力を維持
ロールス・ロイスは、NASAステニス宇宙センター(ミシシッピ州)で実施した地上試験において、始動から着陸までの全飛行出力プロファイルを水素燃料のみで再現した。今回使用したパール15エンジンは、最大1万5,250ポンドの推力を発生させるビジネスジェット機用エンジンだ。水素は単位体積当たりのエネルギー密度が低いため、高圧圧縮と極低温液体貯蔵が不可欠となる。試験では、英国安全衛生庁(HSE)科学研究センターが設計した高圧水素供給システムとロールス・ロイスの低温液化水素ポンプ技術を組み合わせ、運転効率を高めた。
燃料電池が電気を生産してモーターを駆動する方式とは異なり、水素直接燃焼は既存のガスタービンで燃料のみを切り替えて高出力を維持する構造だ。大型航空機の推進には出力対重量比の点で課題のあった水素燃料電池方式の弱点を補える。水素は燃焼速度が速く、炎の特性が従来の航空燃料と異なるため、燃焼安定性の確保が中核技術となる。ガスタービンエンジンの水素転換可能性が地上試験段階で実証され、脱炭素型動力源の多様化が本格化しそうだ。
造船・航空・商用車へ広がる水素直接燃焼
水素直接燃焼技術は航空にとどまらず、造船や大型商用車産業へも急速に広がっている。海運分野では、MANエナジーソリューションズのライセンシーである三井E&Sが同社のMAN B&W型エンジンで水素燃料による100%負荷試験を達成している。また、ジャパンエンジンコーポレーションと川崎重工業は、大型商船向けフルスケールエンジン(6UEC35LSGH)において、100%負荷で水素混焼率95%以上の全筒運転を世界初で達成した。
商用車分野では、米カミンズが大型トラック用水素エンジンを開発し、英JCBが欧州での公道走行認可を取得した水素建設機械を発表している。エネルギー密度と重量の問題から、長距離・大型輸送では水素が有利とされており、バッテリー動力のみでは運行が難しいダンプカーや大型コンテナ船分野で初期需要が先行するとの見方もある。
窒素酸化物・体積制約など課題が山積―インフラ整備の速度が商用化を左右
もっとも、水素旅客機が実際に商業飛行を開始するまでには解決すべき課題が多い。水素燃焼過程で生じる窒素酸化物(NOx)の排出問題や、気体の体積による航空機設計上の制約は依然として残る。
イージージェットも今回の技術を長期的な代替案として位置づけつつ、当面は持続可能な航空燃料(SAF)の導入と高効率航空機への切り替えを優先する方針を示した。短期的には技術実証段階にとどまるが、インフラ整備の進捗次第で主要部品サプライヤーの価値が再評価される可能性がある。
脱炭素型モビリティへの移行が進む中で、今後の市場の行方を見極めるうえで注目すべきポイントは三つある。
第一に、空港・港湾における液化水素の貯蔵・充填インフラの整備速度だ。インフラが整備されなければ、大型輸送機の実運用は成り立たない。
第二に、既存のガスタービンを水素対応に改造する際に必要となる部品・耐久素材の認証取得状況だ。高温燃焼環境に耐える重要素材の開発が、商用化の加速を左右する。
第三に、環境負荷の低いグリーン水素の生産コストが従来の航空燃料並みの水準まで低下する時期だ。経済性を確保しなければ、化石燃料ベースの輸送市場を代替することはできない。
航空・造船・商用車などのモビリティ分野が技術的な実証を超え、これら三つの条件を満たせば、関連産業は本格的な成長局面に入るとみられる。